時よ止まれ

「宍戸さん、今の打球凄かったです」
テニス部に入って2年目。レギュラーを任されてまだ日も浅い。そんな、まだ解らない事の方が多い俺に、宍戸さんはほとんどの事を丁寧に教えてくれた。
今日は青学戦に向けての自主練。ホントのことを言うと、自主練なんかは俺の家の敷地内で出来るのだが、宍戸さんが「お前ん家のコートは慣れてないからやりづらい」と言ったから、こうして学校のコートを使っている。
「こんなんで満足してられっかよ」
帽子を被り直して、宍戸さんは言った。そんな満足できなさそうな宍戸さんを見ると、つい笑みが零れてしまう。
「じゃあサーブ練習にします?」
「そんなのお前だけの練習じゃねぇか」
「……負けるのが嫌なんですか?」
わざと皮肉を込めて、ニッコリ笑いながら言う。後ろを向いている宍戸さん。でもその表情はこっちを向いていなくても解る。
「オラ!サーブ十本行くぜ!」
少しだけ顏を赤くした宍戸さんは、鋭い打球でこっちにサーブを放った。でも俺は、その打球を柔らかく受けて、ボールを手のひらに包んだ。
「長太郎……?」
「……少し、休みましょうか」
「あ、あぁ……」
宍戸さんの了解を受けて、コート脇のベンチに座る。宍戸さんは「あっちぃ〜」と言いながら、持って来ていたミネラルウォーターを飲んだ。
「長太郎は、アレだな、サーブ以外でももっと練習すれば、強くなるよな」
彼は視線を俺に向けて言った。
「でも、宍戸さんには敵わないですよ」
苦笑しながら、俺。宍戸さんは、地面に視線を落としながら言った。
「……俺は……お前とダブルス組んでから、お前をずっとライバル視してた。羨んでもいた。でも、お前は人がいいんだな」
そう宍戸さんは困ったような、それでいて嬉しそうな顏でこっちを向いた。
帽子からはみ出た黒髪さえも、笑っているように見えた。
「(あぁ……この人はなんて……純粋なんだろう…………)」
「それによ、青学戦、出れないんじゃないかと思ってたけど。お前が、いや、長太郎が、いてくれたおかげで俺はまた、試合に出れる。長太郎とも、また組める」
胸が、高鳴った。

宍戸さんの顏が、声が、仕草が、全てが愛おしく思えた。俺は、宍戸さんと出会えて、本当に良かったかもしれない。
「長太郎?おい、なんか言えよ。……さっきから俺ばっかで……恥ずかしい」
瞬間、宍戸さんの顏が、ほんの少しだけ、赤くなっていた。

言う……しか、ない。今を逃したらきっと、後悔、する。

俺は、深呼吸をし一息置いてから、言った。


「宍戸さん……、俺宍戸さんが──」

 

好きです。

 

どうか怯えないで。いつも、俺が側にいますから。

 

fin