菊丸先輩と、不二先輩は付き合っている。そう、聞いた。
最初聞いたとき、羨ましかった。だって、俺の好きな人は、きっと「付き合う」ことを許さない人だから。
「おはよっス」
「あー、やっと来たおチビ!」
「やっとって何スか、やっとって。朝練には早過ぎる時間ですよ」
まだ6時半を過ぎたところだ。朝練は7時からだから、十分早いはず。
「違うのー、今みんなで暴露大会やってるんだってばっ」
そう菊丸先輩は楽しそうに言った。
「暴露大会?」
「英二先輩、越前来ましたか……っおお、越前!」
菊丸先輩につられて桃先輩も部室から顔を出した。帽子を被り直して、一言。
「暴露することなんか、ないっスよ」
そう。暴露なんかしなくていい。
この気持ちは、俺が知っていれば十分だ。それに、暴露大会とやらに参加すれば、言わざるを得ない。あの人達のことだ、きっと何かしら餌にして俺からそのことを聞き出そうとするに違いない。
「じゃ、俺走って来ます」
部室にはいるのが怖かったから、木陰で着替え、ランニングに行った。
朝の空気は気持ちいい。
誰にでも勝てるような気持ちにさせてくれる。
「(っつーか乾先輩も参加してんのかな……)」
参加しなくて正解だったかも知れない。
丁度、2週目に入ろうとするところだった。大石先輩と、手塚部長が、校内の敷地に入って来るところだったらしい。英二先輩が大きな声で大石先輩を呼んでいた。大石先輩は手塚部長に謝りながら、英二先輩と共に(恐怖の)部室に入って行った。
「早朝トレーニングか?」
気が付くと、まだ制服姿の手塚部長が、俺のことを見ていた。
「……はい、まぁそんなとこです」
帽子を更に深く被る。顏を、見られたくない。
「俺も一緒に走ろう」
「えっ?」
「そうだな……、俺が着替え終わる前までに、あと5週。いいな」
「っス」
段々日が照って来た。汗が出る。俺はそれを振り切って走った。じわじわと、暑さが体に染み込んで来る。いつもと同じ様に走っているだけなのに、こんなに汗ってかくものなのか?まぁ氷帝のキノコ戦よりかは少ないけど。
でも。部長が一緒に走ってくれるらしいから、良しとする。こんな機会、滅多に無いし。それに部長はいつも大石先輩と一緒だ。あの二人は付き合ってるのか?と心配していた時期も在ったが、今はそんなことどうでもいい。部長が、いれば。
想いは届かなくても、俺は全国へ、行く。
「ちゃんと5週走ったようだな」
「はい」
そう言えば。
「部長、部室で先輩達なんかやってませんでした?」
「ん……いや……」
それは初めて見る、部長のうろたえた表情。
思い切り、焦るオーラが見えていた。部室で開催されている暴露大会に、連れ込まれたのか。
「何か言ったんですか?」
「ん?」
「部室、今変な事やってるじゃないですか。だから」
すう
部長が、ひと呼吸置いて、口にしたのは。
「部室で言う必要はない……な」
「え?」
「好きだ」
例えば、好きな人が堅物そうに見えても、実は意外と弱いところがあるんだな。そう、思った。
〜その日の帰り道〜
「なんで俺に告白したんですか」
「どういう意味だ?」
「部長、そういうのに厳しい人だと思ってたから」
「……越前は、厳しそうな俺が好きなのか?」
フッと目を細めて笑った部長の表情は、とても穏やかだった。
一瞬、その笑顔にドキッとした。だって、それは俺が初めて見る、部長の微笑みだったからだ。
ていうか、その質問。 反則じゃね?
「俺はどんな部長でも好きです……」
語尾が消え入りそうだった。
でもこれが、今の俺の限界。もう少し、時間が経ってから、ちゃんと言おう。
俺は勘違いしていた。俺の好きな人は、意外と、積極的だったんだ
end