「赤也、聞いてる?」
「んぁ、何?」
昼休み、いつもはこの時間にあの人が来てくれて。
一緒にお昼食べてるんだけど。今日は来なかった。ってか、まだ来てない。
「ぅあー、どーっすっかなー」
正直、3年生の廊下は行きづらい。丸井先輩が、ジャッコーを連れて俺の話を大声で話しながら歩いたらしく、3年生の女子によく絡まれるからだ。まぁ、男の俺としては嬉しいに他ならないんだけど。
でも今は、ウザい。
俺が好きなのは。
今一番、惚れ込んでいるのは。
「(あ……いた……)」
真田副部長と、親しげに話をしている、柳 蓮二。その人だからだ。
控えている青学戦の攻略中らしく、柳さんはノートを片時も手放さなかった。一時は、あのノートになりたいと思った。でも、ノートみたいに、「道具」とは同じ扱いを受けたくはない。柳さんには、人間として見て欲しい。俺を、人間として。男として。
「何してんの、赤也」
急に背後から声がした。思わず体が震える。
「ぅわっ!!……と丸井先輩か……」
「かぁ?オメー先輩舐めてんのかコラぁ」
丸井先輩のお陰で騒がしくなってしまう。それに気付いた本人達は、ズンズンとやってきた。
「おい!こんなところで何をしている!迷惑だろう!」
しかも、それにつられて……。
「弦一郎、何事だ?」
柳さんも出て来る訳だ。
「赤也か……どうしたんだ?」
と柳さん。
「赤也!3年の教室には来るべきではないだろう!」
心の中で「オメーに会いに来たわけじゃねぇよ」と毒づく。柳さんと違ってうるさい人だ。
「すいません、柳さんとお昼……」
この一言で解ったのか、柳さんはノートをパタンと閉めて、机の上に置き、またこっちに歩いてきた。こっち側の言いたい事をすぐに理解してくれる部分は、すごく好きだ。でも、誰にでもそうだから、少し悲しい。たまには、俺しか知らない一面を、見せて欲しいものだ。
「赤也、行くぞ」
「ウッす」
少し微笑んだその人は、決して手に入らないかもしれないけれど、俺は今は側にいるだけでよかった。
いつも昼飯は誰もいない屋上で食べている。
「今日の弁当は……赤也、またお前コンビニか?」
「そうでっす」
笑顔で答える。柳さんは深いため息をついてから、
「練習量を増やすしかないな……」
げ。
「……口が開いている。そうだな……じゃあ、俺の弁当を食べろ」
「え、でも……」
「いいから。お前のパワーコントロールには食生活も関係しているからな」
嬉しかった。泣きたくなった。でも、それは俺のためじゃない。俺等、立海のテニス部が全国優勝するためだ。しょせん、俺は、手駒でしかない……。ただの、ポーンなんだ……。
でも、きっといつか、俺個人で見てくれる。柳さんは優しいけど、物事はハキハキしている人だから、きっと俺の嫌な面を取り除いてくれる。
……今は、そう願うことしか出来ない。
「美味いか?」
「はいっ」
「よかった」
「どうしてですか?」
「今日の弁当、実は俺が作ったんだ」
間。
頭の中がごちゃごちゃになる。「俺が」!?「俺が」って言った!?
えっと、つまり、これは全部柳さんの仕掛けた罠!?朝、弁当を作る時も、俺がいつもコンビニで買って食べているから!?昼に俺の教室に来なかったのも、俺自身から行かせるため!?
なぁ、赤也。もう、言っていいだろ?これ以上優しくされたら、俺、この人襲うかもしれないし……。
「柳さん」
「なんだ?」
「俺と付き合ってみません?」
柳さんは俺の頭をクシャクシャっと撫でて
「いいかもしれないな」
言って笑った。
end